【汀日乗】『原爆写真を追う』刊行間近

3月6日に開催した『世界を文学でどう描けるか』刊行記念イベントが無事に終了。ご来場くださった皆様、オンラインで見てくださった皆様、ありがとうございました。最初に刊行した本でこのようなイベントが開催できたこと、望外の喜びでした。京都から駆けつけてくださった黒川創さん、対談をお引き受けくださった池澤夏樹さんにも感謝しています。

対談は引き続きオンライン配信中です。これから申し込みでも視聴可能なので、見逃したけどやっぱり見たい、という方はこちらから申し込みくださいませ。東京堂書店でのフェアも引き続き開催中です!


さて、イベントが終わり、翌日からは次に刊行する『原爆写真を追う』の最後の編集作業に追われていた。岡田林太郎さんとの往復書簡のきっかけにもなった大切な企画。良い本になるよう、最後まで手は尽くした。

『原爆写真を追う 東方社カメラマン林重男とヒロシマ・ナガサキ』は、原子爆弾投下からおよそ2か月後に、広島・長崎の被爆地を撮影したカメラマンである林重男氏が残した文章、写真と、その評伝を1冊にまとめたもの。林氏が1992年に刊行した『爆心地ヒロシマに入る』(岩波ジュニア新書)が第一部で、第二部には井上祐子さんの書下ろしの林重男の評伝を加えた。前半の林氏自身のパートには、事実関係の確認・訂正や補足説明となる多くの註を付し、また写真も新たに補正している。林氏が撮影した6点のパノラマ写真もあり。360度を写したパノラマを見ると、戦争とはいえ、なぜここまでの破壊し尽くさねばならなかったのか、と考えさせられる。

同時に、林氏は、「75年は草木も生えぬ」といわれた広島に咲いていた朝顔にも目を向ける。この植物のたくましさに励まされ、また希望を持ったという。モノクロ写真ではあるのだけど、それらの写真からは、彼が感じた感動や安堵も伝わってくる。

林重男氏は、1943年の夏、国威の宣揚、プロパガンダを目的に、陸軍参謀本部第二部の外郭団体として発足していた「東方社」に入社する。東方社といえば、なんといっても『FRONT』だろう。多川精一『焼跡のグラフィズム』(平凡社新書)でその存在を知り、プロパガンダという言葉だけでは到底片づけることのできない技術とデザインセンスに驚かされた。今日の目で見ても、かっこいい! と思わされる写真の数々、レイアウトセンスの良さ、フォトモンダージュを使ったページ構成など、センスあふれる雑誌だった。たしか復刻版だったと思うのだけど、当時は会社の先輩だった岡田さんが入手して、一緒にページをめくりながら興奮していたことを覚えている。この「かっこよさ」を生み出すセンス・テクニックは敗戦後の出版にも大いに生かされるし、何よりも、『原爆写真を追う』にも掲載した写真たちのように、敗戦後の広島・長崎をはじめ、東京の写真など残し、本にして刊行していった。

東方社については『焼跡のグラフィズム』ほか、様々な本が出ているのでそれらをぜひご参照を。この会社に立ち上げから関わり、『原爆写真を追う』にも何度か登場する木村伊兵衛は、戦前戦後にかけて日本の写真界を牽引した人物。文章も味わい深くて、『僕とライカ』(朝日新聞社)は、数年前に写真を自分でも撮るようになったときに読んで以来、大好きな一冊。現在でも、「写真界の芥川賞」といわれる「木村伊兵衛写真賞」として名前が残っている。僕は写真の素人、とも言えないレベルなので木村さんについて仔細に伝えることはできないのだけれど、『原爆写真を追う』に名前が登場し、爆心地を撮影したフィルムをめぐる占領軍とのやりとりが描かれた場面からは、その人間性を感じることができた。本書後半の林氏の評伝パートでも、東方社設立の経緯などが紹介されている。

戦時下といえども、そこには日々の生活がある。生活のために仕事をするし、その仕事のなかで、もてるテクニックを最大限生かすこともあるだろう。戦争は起こすべきではないし、避けるべきことであることは、一ミリたりとも、間違いではない。ただ、その渦中での日常や生活もまた、否定すべきものではない。『原爆写真を追う』は、戦争の惨劇を伝えるとともに、その渦中の、そしてその後の、人びとの生活も見えてくる一冊です。

今回の私的参考文献たち。左から二番目の『ナガサキの原爆を撮った男 評伝・山端康介』で取り上げられる山端氏もまた、原爆投下後の長崎を撮影したカメラマン。

なかなかブログを更新できない割には、書こうと思うといろいろ出てくる。先月、2月23日に、神奈川近代文学館で開催された、講演会&シンポジウム「ウクライナの核危機 林京子を読む」を聴きにいった。林京子さんは1945年8月9日に長崎で被爆し、その経験や経験者ゆえの思いを、小説として書き続けた作家だった。『原爆写真を追う』の編集中にこの講演会に参加したことで、いろいろと思い出す事、考えることもあったのだけど、長くなりそうなので別に書く。


今日の一曲は、大好きなSuper Furry Animalsの「Juxtapozed with U」を。対立を超えた関係構築を歌う反戦ソング、といっていいだろう。「対立するな」と歌う彼らはウェールズ出身。ウェールズの文化・言語を大切にするバンドでもあり、全歌詞がウェールズ語のアルバムもリリースしている。自分たちの文化・言語が奪われつつあることへの怒りを持ちつつも(そしてこの曲でもちょっと嫌味を言いつつも)、寛大になれ、共に進もうと歌い上げる。バンド活動は近年ないものの、フロントマンのGruff Rhysはソロで活動中。2月にもアルバムを出していたことにいま気が付いたので、明日聴いてみる。

Super Furry Animals / Juxtapozed with U