【汀日乗】Marquee Moon

先週会った友人が、開業祝いにレコードをプレゼントしてくれた。

ARCTIC MONKEYSというイギリスのバンドの1stアルバム、『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』の最近出た日本版帯付きのもの。レコードを買う習慣が無くなってから10年は経っている。だから、いま手元にある一番新しいレコードだ。日本語の解説付きというのがにくい。ありがとう。

このアルバムが出たのが2006年、アルバム2曲目の「I Bet You Look Good on the Dancefloor」はその前年に7incのシングルが出ている。当時僕は大学生で、「インディー・ロック」と呼ばれたジャンルの音楽を聴き漁っていた。2001年にThe Strokesが「The Modern Age」という、時代錯誤な、まんまThe Velvet Undergroundみたいな曲でデビューして以降、ロックンロール・リバイバルの時代がやってきた。70年代のパンクにも、80年代のニューウェーブやギターポップにも間に合わず、90年代のグランジやブリットポップさえも後追いだった僕にとって、初めて体験する、同時代のロックンロールムーブメントだった。夢中になって音楽を聴いていた時期だ。

その頃に買った多くのレコードは、就職のタイミングで、思うところあって、手放してしまった。けど、サブスクのおかげで、いまは検索しては聴き直したりしている。知らなければ検索すらできない。だから当時、夢中になって音楽を聴いておいてよかったと思う(たまに曲は頭の中で流れているのに、バンド名が出てこなくて悶々としたりもするけど)。

初めて聴いたARCTIC MONKEYSは、スタイリッシュで、UKロックのかっこいいところを凝縮させたみたいに、キラキラしていた。贈ってもらったレコードを眺めながら、そんなことを思い出したりしていた。

押し入れにしまったままのターンテーブルを引っ張り出すか。そんなことを考えていた矢先に、トム・ヴァーレイン(Tom Verlaine)が亡くなった、というニュースが飛び込んできた。社名を考えるとき、一瞬でも社名にするか迷ったバンド、テレヴィジョン(Television)のフロントマンだ。

テレヴィジョンと出会ったのは中学生の時。当時通っていた床屋の兄ちゃんが音楽好きで、髪を切りに行くたびに、いろんな音楽を教えてくれた。その影響で洋楽に興味を持つようになる。その兄ちゃんは、DJもしていた。CD全盛期の90年代後半なのに、あえてレコードで音楽を聴くって、すげえかっこいい! と思った。だから僕も、レコードで音楽を聴いて、かっこつけたかった。

親戚のおじさんがもう使っていないレコードプレーヤーを持っていることを知って、かなり強引に、譲ってもらう。プレーヤーがあっても音楽は流れてこないから、ドキドキしながら、地元のレコード屋に行く。コーネリアスみたいな髪型をした、ほとんどしゃべらない店員さんがひとりで店番をしていて、客は僕一人。呼吸ができなくなるぐらい緊張しながら、レコードを探した。自分が知っているバンドが、どんなジャンルなのか、どのコーナーにあるのかがわからない。OASISとかBLURのレコードが欲しいのに、まったく見つけられる気がしない。けど、何も買わずに帰るのは嫌だ。店員さんもじろじろこっちを見てる気がする。

焦っているときに見つけたのが、Televisionの『MARQUEE MOON』だった。これは雑誌で紹介されていた気がする。そんなレベルだ。このバンドのことは何も知らない。でもやっと見つけた、知ってるような気がする、見たことがあるような気がする、一枚だった。コーネリアスみたいな兄ちゃんが書いたと思われる手書きの値段ラベルにも「名盤」って書いてある。これを買わないとコーネリアスが許してくれないかもしれない。もう二度とこの店に来られないかもしれない。そんな焦りにも負けて、たぶん1000円ぐらいで買った初めてのレコードが、『MARQUEE MOON』だった。それを抱きかかえて、逃げるように、帰った。

家に帰って、ドキドキしながら、レコードに針を落とす。スピーカーから音が流れ始める。そのことに「おおおお」と感動した。けど…… 

ん? なんだこれ? かっこいいのか?

これが正直な感想だ。輸入盤のレコードだから、日本語の解説なんて入ってない。ネットもなかったから、バンドについて調べることもできない。誰かに教えられたわけでもないから、どんなバンドなのか聞く相手もいない。手元にあった雑誌をめくっても、見たような気がするページが見当たらない。もう途方にくれるしかなかった。なんだよ、すげー探したのにハズレじゃん、って思った。OASISのレコード、水戸のどこなら買えるんだよ、って悶々とした。なんちゃってコーネリアスに騙された! って思った。

レコード聴くってかっこいい! レコードが聴きたい理由なんて、その程度だ。だけどいま聴けるのは、いまひとつかっこよさがわからない、なんか暗い、このアルバムしかない。好きな音楽をCDで聴くか、好きじゃないレコードをかっこつけるために聴くか、の2択を迫られて、僕は、必死にかっこつけた。誰にみられるわけでもない。誰かに言うわけでもない。誰に向かって、何をかっこつけていたんだろうといまは冷静に思うけど、中学生の頃の僕は、かっこいいこと、がしたかった。自室でレコードの『MARQUEE MOON』を聴くことが、当時の僕にとって、すごくかっこいいことだっだ。

そんなことをしていると、不思議なもので、聴いている音楽も、かっこよく思えてくる。毎日、何度もこのレコードを聴いていると、レコードを聴くことがかっこいいから、このレコードがかっこいい、に意識が変化してくる。1曲目、アルバムの中では一番アップテンポだし、いいじゃん。3曲目のドラムかっこいいな。5曲目のリズム、なんか癖になるな。

つうか、4曲目、暗いし長いけど、すげえいい曲なんじゃないか。ギターの音もかっこいいし、高いボーカルの声もかっこいい気がする。これ、アルバムのタイトルにもなってるし、実は名曲なんじゃないか。こうやって、レコードを聴く、というかっこいいことをしたかった中学生が、Televisionってかっこいいかも、と思えるようになっていた。

完全に、刷り込みだと思う。音楽にのめり込んだ最初期に、何度も聴いたアルバムが、Televisionの『MARQUEE MOON』だった。このアルバムを何度も聴くことで、Televisionは、僕にとってすごくかっこいいバンドになった。だから、Televisionみたいな音のバンドも、かっこいい。僕の耳はすっかり、そういうふうに、出来上がっていった。その後、いろいろな音楽雑誌で、Televisionがどんなバンドなのかを知るようになる。名盤であることも知る(コーネリアスみたいな兄ちゃん、疑ってごめん)。知れば知るほど、どんどん、バンドとして、アーティストとして、好きになっていった。

そんなバンドのフロントマンが、トム・ヴァーレインだ。10年ぐらい前の来日公演は行っていないし、直接彼を見たい、ともあまり思っていなかった。けど、高校生、大学生になって、80年代のOrange Juiceとか、90年代のMatthew Sweetとかが好きになるのは、Televisionの影響を大いに受けたバンド、アーティストだったからだ。ジャック・ケルアックの『路上』とか、アメリカのビート・ジェネレーションにはまったときには、トム・ヴァーレインがその影響を受けていることを知って嬉しくなったし、他にもいろいろな作品を読もうという動機にもなった。ときどき、「Televisionが好きだ」って人に伝えることで、仲良くなれたりした。トム・ヴァーレインという人間を知ったこと、彼の音楽を聴いたことで、僕の人生は、きっと、変わった。そのぐらいは、影響を受けている。

多くのレコードは、もう手放してしまった。けど、数少ない手元に残している一枚が、この中学生の時に買った『MARQUEE MOON』だ。僕の持っている一番古いレコードと、一番新しいレコード。この2枚をちゃんと聴くために、やはりレコードプレーヤーを出さなければいけないようだ。

出版社のブログなのに音楽話が多くなってしまうのだけど、今日はあまりにも影響を受けた人物のニュースがあったので、いろいろ思い出してしまいました。

TELEVISION / MARQUEE MOON